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高松高等裁判所 昭和33年(ネ)93号 判決 1960年2月12日

控訴人 山田幾次郎

被控訴人 宇都宮一二

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金十万五千円及びこれに対する昭和三十一年八月十八日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人は被控訴人に対し、被控訴人からホンダベンリー号五六年型JC型二輪自動車(新車)一台の引渡をうけると引換えに、金十二万五千円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。

被控訴代理人は請求原因として、

被控訴人はオート三輪車等の販売業者であるが、

(一)、昭和三十一年五月二十三日控訴人に対し、ホンダベンリー号五大年型JC型二輪自動車(新車)一台を、代金十四万五千円、その支払方法は契約と同時に四万五千円を支払い残額は四等分し同年七月より十月までの間毎月十日限り四回に分割支払うこと、若し右支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い残代金全額を一時に請求されても異議なきこととし、右自動車の引渡場所は被控訴人の住所とする定めで売渡す旨の契約を締結し、被控訴人は右契約に基き翌二十四日右約定の場所で右自動車を控訴人に引渡し、

(二)、更に同月二十四日にも控訴人に対し別にホンダベンリー号五六年型JC型二輪自動車(新車)一台を、代金額並にその支払方法は右と同様の定めで、ただ引渡場所だけは八幡浜市大黒町三丁目一五二六番地松栄旅館松岡忠方と定めて売渡す旨の契約を締結し、被控訴人は右契約に基き同月二十七日右約定の場所で控訴人の指示により同人の代理人である島田豊(控訴人経営の山田自動車商会営業部長)にこれが引渡しをなした。

(三)、しかるところ、控訴人は同年五月二十三日金一万円、同月二十五日金三万円、同月二十九日金二万円を夫々支払つただけで残代金二十三万円についてはその支払をしない。そこで被控訴人は控訴人に対し残代金二十三万円の支払を訴求するわけであるが、控訴人は右約旨により分割弁済の利益を失つたから右二十三万円に対しては本件支払命令が控訴人に送達された日の翌日である昭和三十一年八月十八日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を附加して請求する。と述べ、

控訴人の主張事実に対し、控訴人主張の、被控訴人と訴外島田豊との間で新たな契約ができたとの事実は否認する。また控訴人から支払のあつた合計六万円は二台分の代金の内入として支払われたものである。と答えた。

控訴代理人は、答弁として、

被控訴人主張の(一)、(二)の請求原因事実のうち、各主張の日、被控訴人と控訴人間に夫々主張のような売買契約が締結されたこと及び(一)記載の一台の引渡をうけたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、(二)記載の一台は、右売買契約成立後の昭和三十一年五月二十八日控訴人宅において控訴人不在中被控訴人と訴外島田豊が新たに契約を締結して被控訴人より右島田に売却し引渡したものであつて控訴人はその引渡をうけていない。と述べ、抗弁として、

控訴人は被控訴人主張の日時、主張の各金員を支払つたが、右はいずれも被控訴人主張の(一)記載の初めの一台分の代金の内入として弁済したものである。

また、右のように本件売買物件である前示(二)記載の一台については引渡がないところ、右引渡と代金支払とは同時履行の関係にあるから、その引渡あるまで右一台分の代金に関する限り支払を拒絶する。と主張した。

証拠として、

被控訴代理人は、甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証を提出し、原審証人松岡忠、同阿部栄信、同宇都宮弥生の各証言及び原審並に当審における被控訴人本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の成立を否認し、控訴代理人は乙第一号証を提出し、原審証人福井一郎、同上田高明、原審並に当審証人島田豊、同山田キミ子の各証言及び原審並に当審における控訴人本人訊問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第五号証を利益に援用すると述べた。

理由

被控訴人が(一)、昭和三十一年五月二十三日控訴人に対し、ホンダベンリー号五六年型JC型二輪自動車(新車)一台を、代金十四万五千円、その支払方法は契約と同時に四万五千円支払い残額は四等分し同年七月より十月までの間毎月十日限り分割支払うこと、若し右支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い残代金全額を一時に請求されても異議なきこととし、右自動車の引渡場所以被控訴人の住所とする定めで、売渡す旨の契約を締結し、更に(二)、同月二十四日にも控訴人に対し右と同様の自動車(新車)一台を、代金額並にその支払方法も右同様の定めで、ただ引渡場所だけは八幡浜市大黒町三丁目一五二六番地松栄旅館松岡忠方と定めて売渡す旨の契約を締結し、且右(一)記載の一台について約定どおり引渡がなされたことは当事者間に争いのないところである。

そこで先づ控訴人が右(一)の契約に基き被控訴人に支払うべき代金額につき検討する。

本件売買代金として控訴人から被控訴人に対し昭和三十一年五月二十三日金一万円、同月二十五日金三万円、同月二十九日金二万円が支払われたことは当事者間に争いがないが、控訴人は右金員はいずれも本件(一)の契約に基く代金の内入弁済であると主張するところ、原審並に当審証人島田豊の証言及び本件(一)(二)の各契約における代金支払期日に関する約定内容を綜合すれば、右五月二十三日の一万円と同月二十五日の三万円とは(一)の契約につき支払うべき頭金の一部として、同月二十九日の二万円は(二)の契約につき支払うべき頭金の一部としてそれぞれ支払われたものであることを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。そうすると、(一)の契約における残代金は十四万五千円から右の一万円と三万円とを控除した十万五千円となるところ、控訴人は右契約に基き、頭初に支払うべき四万五千円についてすら一部遅滞しているわけであるから、契約の趣旨に従い分割弁済の利益を失い被控訴人の請求あり次第残額十万五千円を一時に弁済すべく且右請求の翌日以降は遅延損害金を附加支払うべき筋合であるところ、被控訴人がホンダベンリー号二輪自動車の小売業者であることは後に認定するとおりであり、被控訴人申請の本件支払命令が控訴人に送達された日の翌日が昭和三十一年八月十八日であることは記録上明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し本件(一)の契約に基き残代金十万五千円及びこれに対する昭和三十一年八月十八日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあること明らかである。

次に、本件(二)の契約に基く被控訴人の代金請求の当否につき検討する。

すでに見てきたように、(二)の契約については頭金の一部として二万円が控訴人から被控訴人に対して支払われているわけであるから、残代金は十四万五千円から二万円を差引いた十二万五千円である。

しかるところ、控訴人は、本件(二)の契約にかかる売買物件たる自動車は引渡をうけていないからその引渡あるまで右代金の支払を拒絶する旨同時履行の抗弁を主張するので、この点につき考按する。

成立に争いのない甲第二、第三、第五号証、第六号証の一乃至四、原審並に当審証人島田豊の証言により真正に成立したことの認められる乙第一号証並に右証言、原審証人上田高明、原審並に当審証人山田キミ子の各証言及び原審並に当審における被控訴人、控訴人各本人訊問の結果並に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は愛媛県下におけるホンダベンリー号二輪自動車の一手販売店である阿部商事株式会社から右二輪自動車の卸売をうけてこれが小売業を営み、控訴人は海運業のほか手数料を得て二輪自動車の販売の周旋等をなし、訴外島田豊は山田自動車商会営業部長なる名刺を使用してはいたものの実際は控訴人方で同人と共同で右販売の周旋をしたり、時には単独でその周旋をして手数料を稼ぐ等比較的自由に販売周旋の仕事をしていたものであるが、恰度昭和三十一年五月二十日頃八幡浜市でホンダベンリー号二輪自動車の購入希望者(訴外上田高明)が見つかつたので控訴人から被控訴人に対しその売却周旋方を申出たところ、被控訴人は前記阿部商事株式会社との営業上の関係から八幡浜市は自己の販売区域外であると考えていたため、控訴人と話合のうえ一応右自動車を控訴人に売り控訴人から右上田に売却する形式をとり、右上田から代金の完済をうけたときは更めてその中から控訴人に対し一般の手数料額二万円を支払うこととして、ここに当事者間に争いのない如く買主を控訴人とする前掲(一)の初めの一台の売買契約が成立したものであること、右のようないきさつから被控訴人としては契約上の買主は控訴人としたものの実質上の買主は右上田であるとの心組みでいたこと、従つて控訴人と共に本件の前掲(一)の初めの二輪自動車を八幡浜市まで運搬し、ともに上田に対し代金支払方法に関し種々交渉したものであること、しかるところ同日(五月二十四日)右上田からもう一台購入希望があつたため被控訴人はこれに応えて売却することとし、前同様の理由から控訴人を契約上の買主とする前掲(二)の如きもう一台の売買契約を締結し、自からは阿部商事株式会社まで右売渡すべき自動車の購入に出掛けたこと、その後同月二十七、八日頃被控訴人は右会社から入手した前掲(二)の二輪自動車一台を約定の引渡場所である八幡浜市の松栄旅館まで輸送すべく控訴人方を訪れたところ控訴人が所用のため不在であつたので憤慨したが、恰度訴外島田豊が居合せたので同人の責任で右自動車を被控訴人方の店員と共に八幡浜市まで輸送するよう要望したところ、島田は右の自動車については控訴人と関係なく独自の立場で上田に売却し手数料を自ら取得しようと考え、その趣旨を被控訴人に伝えたところ、同人は前叙のような売買契約成立のいきさつからして実質上の買主は上田であるから必ずしも契約上の買主に拘泥する必要のないところからこれを承諾したので、島田はその趣旨を控訴人宛書面に書残し且控訴人の妻にも伝言を依頼して、被控訴人の店員に同行し共に右自動車を上田に引渡すべく八幡浜市松栄旅館まで輸送したこと、如上の諸事実を認めることができ、原審並に当審における被控訴人及び控訴人の各本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、ほかに右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、被控訴人は前掲(二)の契約に基く自動車即ち後の一台は控訴人の代理人である島田豊に引渡した旨主張するのであるが、右認定の事実に徴すれば島田が右契約につき一般に控訴人を代理する権限があつたか否かに拘りなく右主張は理由がないといわなければならない。なぜならば、右認定の事実によれば仮に島田に対する引渡があつたものと認めえたとしても島田は控訴人の代理人として控訴人のために引渡をうけたものでなく、また被控訴人もそのことを了解していたことは明らかであるからである。従つて後の一台に関する限り被控訴人から控訴人に対し契約に基く引渡の履行はなかつたものと認めざるを得ない。

ところで、本件(二)の契約における代金支払期日は、契約と同時に四万五千円、同年七月から十月まで毎月十日に二万五千円、を各支払う旨定められ、なお一回にても遅怠あるときは期限の利益を失う旨定められていることは当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない甲第一号証によれば売買物件の引渡期日は契約と同時と定められていることが認められるから、契約時においては代金中四万五千円の支払と右自動車の引渡とが同時履行の関係に立ち残代金の支払に対しては自動車の引渡の方が先履行の関係にあつた訳である。しかしながら、被控訴人において右自動車の引渡をなさず履行期を徒過していることは既に認定したとおりであり、控訴人において代金中二万円のみを支払い残額につき履行期を徒過していることも既に見てきたところであるから、このように双方とも履行期を徒過した場合は、履行期徒過後の現在においても契約に定められた履行期の先後に従つて履行するのでなければ契約の目的を達し得ないような特段の事情なき限り、契約に定められた履行期の先後にかかわらず現在においては同時履行の関係にあるものと解するのが相当であるところ、本件においては右のような特段の事情も認められない。したがつて残代金十二万五千円の支払と右自動車の引渡とは現在では同時履行の関係にあるわけであるから、控訴人は右自動車の引渡あるまで右残代金の支払を拒み得、ただ右自動車の引渡と引換えにのみ右残代金を支払うべき義務があるに過ぎない道理である。

以上判断したとおりであるから結局控訴人は被控訴人に対し本件(一)の契約に基く残代金十万五千円及びこれに対する昭和三十一年八月十八日以降支払済まで年六分の割合による遅延損害金を支払うべく、また本件(二)の契約に基く自動車を被控訴人から引渡をうけると引換えに該残代金十二万五千円を支払うべき義務がある筋合であるから、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきものである。したがつて被控訴人の請求を全部認容した原判決は失当であるから本件控訴は一部理由がある。よつて原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 橘盛行 荻田健治郎)

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